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writer:風に吹かれて

桜散歩

新型コロナウイルスのまん延防止法等重点措置が解除されたタイミングで「久しぶりに桜を観に行こうか」という話になった。ただ、かつてのように気兼ねなく桜を観るという気持ちにはなれず、午前中、しかも早い時間に出かけ、帰りは奥さんの母親が入院する病院に着替えを届けるという「ついでに桜を」というドライブだ。

 

目的地は「一度も行ったことのない所へ」という希望をかなえ、岐阜県海津市にある平田靭負(ゆきえ)桜に。まだあまり知られていない穴場である。自宅のある岐阜市を朝8時ごろ出発。長良川の堤防を南下していくと、右手に木下藤吉郎が一夜にして築いたと伝えられる墨俣一夜城が現れる。

 

その傍を流れる犀川の堤防には樹齢50年を超えるソメイヨシノの桜並木が3・7キロにわたって続く。通称「桜堤防」だ。走りながら車窓から見ても圧巻である。県内で1位、2位を争う人気スポットだ。

 

ここでは、撮影のため一度下車して屈伸運動を済ませてすぐ出発。

車はさらに南下。運転しながらふと考える。桜を観に行くという行動は何年振りかしら。もちろん新型コロナでここ数年、「花見」は控えていたが、現役の時も気持ちに余裕がないのか覚えがない。

よくよく思い出してみると、単身で東京の墨田区に住んでいたころまでさかのぼる。

最寄りの駅は、都営浅草線の本所吾妻橋と東武鉄道伊勢崎線の業平(なりひら)橋。たまの休みに、散歩がてら浅草に呑みに行くため、吾妻橋の上から隅田川の桜を眺めたり、浅草が飽きると今度は業平橋周辺を散策し満開の桜を楽しんだ。業平橋は、伊勢物語で有名は在原業平に由来する。今では東京スカイツリーができたことで駅名も「とうきょうスカイツリー駅」に、伊勢崎線も通称だが「東武スカイツリーライン」と呼ばれ、情緒もなくなった。

 

さて、一人懐かしんでいる間に、海津市平田町に。2017年に大榑川左岸堤防の約8キロを「平田靭負ロード」とし、約1000本のソメイヨシノを「平田靭負桜」と命名。市あげてPRしているが、墨俣の桜があまりにも有名で、いまだに穴場スポットに甘んじている。しかし、公園駐車場に車を止め、堤防に上がるとまさに息を呑む美しさである。まてまて。そもそも平田靭負とは誰?という話だが。

 

平田靭負は、薩摩藩家老で木曽三川分流工事の責任者。徳川幕府が琉球貿易で力を付けた薩摩藩を恐れ、毎年氾濫する木曽三川の分流工事を命じる。工事費用は薩摩藩がすべて負担。露骨な嫌がらせに反発も出たが平田靭負は「民に尽くすもまた武士なり」と説いて工事を引き請け、多くの死者を出しながらもやり遂げた。薩摩義士の偉業として称えられている。義士なんて言葉は、赤穂浪士とこの薩摩しか使わないのではないか。というか知らない。
 

桜を愛でながら8キロの平田靭負ロードを散策すると、業平の有名な歌が浮かぶ。

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし


春はのどかで穏やかだが、桜が存在することで、開花を待ち望んだり散る悲しさを味わう。という意味。心穏やかでない春、そんな当たり前が早く訪れますように。

監修者プロフィール

 藤田 聡
(ふじた・さとる)

1960年岐阜市生まれ。元新聞記者。経済紙、通信社、地方紙の3媒体で記事を書く。専門は経済。
通信社時代は、経済産業省記者クラブに席を置き、主に産業再生機構を担当。カネボウ、ダイエーなどを取材した。
地方紙では、財界担当、県政キャップなどを歴任し、出版室長、副編集局長、論説委員を務める。主な著書に財界人列伝「百折不撓」「千紫万紅」などがある。
趣味はカメラ、旅行、酒、読書。本は現役時代年間100冊をノルマに。現在は、専門書は一切読まず好きな作家を中心に年間70冊程度に。時間にゆとりができ、新たに愛犬・ボストンテリアと遊ぶことも趣味に加わった。

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