市井を支え続ける“大きな樹”。 人生を伴走しながら診る「総合診療医」。

新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい続けることで、医療崩壊という現実は医療従事者だけではなく、 もはや国民全員にたたきつけられてしまっている。 しかし、今回起こってしまったこの医療崩壊は、新型コロナウイルス感染症がきっかけとなり、 もともと医療現場が抱えていた課題がはっきりと顕在化したともいえるだろう。 私たちは、コロナ禍をきっかけにかつてないほど「医療」というものに向き合っている。 そんな中、あらためてその重要性が注目されているのが町のお医者さん、 中でも「総合診療医」という医師の存在だ。 「地域社会の健康を診る」という役割は、医療にとってゲートキーパーとなり、 人々が健康で穏やかな人生を暮らす上でも必要不可欠だ。 今回は、地域に根差した医療を掲げ、 医師としてのキャリアを総合診療医として歩まれてきたあんどう内科クリニックの安藤大樹医師にお話を伺った。

「総合診療医」とは、どのような存在なのか

総合診療という概念は古くからあったものだが、 総合診療専門医という領域が公に認められるようになったのは2018年に新専門医制度(※1)が開始されてからだ。 従来の専門医の基本領域は18だったのに対し、 新専門医制度では19番目の基本領域として総合診療専門科が追加されている。 総合診療医が担う役割とは、どのようなものだろうか。

総合診療医を一言でいうと「地域の健康を診る専門家」です。 基本的なコンセプトは、その地域、つまり「場を診る」ということ、そして地域に住まう人の健康を「全部を診る」、 そして長期間に渡って「長く診る」ことといえます。 日本の医療の発展の仕方として、匠文化に根付いたものだったという経緯があり、 専門性が高いことが良しとされてきました。 つまり、「内科」といっても循環器内科だったり、 消化器内科だったり、その専門性はさまざまに特化されています。 「総合病院で10年、20年と専門性を高めてきた内科医師が地域に戻って患者さんの健康をすべて診ることができるのか?」と問われれば難しいでしょう。 そうした背景から「地域の健康を診るプロフェッショナル医師」を育てなければならないという機運が高まり、総合診療科が基本領域に追加されました。 しかし、まだ医師の中でも認知度の高い領域ではありません。

イギリスやカナダではファミリードクター制度(※2)が浸透しており、 クリニックを開設するにあたっては家庭医の資格が必要とされている。 スペシャリストと同様に、ジェネラリストの役割もまた重要視されているのだ。 総合的に健康を診ることができるというのは町の医者にとって非常に重要な要素ではあるが、 現実として日本では総合診療医を目指す医師の数は少ない。

総合病院で研修医として勤務を始める医師が、 専攻として総合診療を選択するのはなかなか勇気がいることだと思います。 将来的に地元に戻って、クリニックを開院したいという明確なビジョンがあればよいのですが、 総合病院でのキャリアを歩もうと思った場合、総合診療という領域は将来像が見えにくいという課題があります。 私の場合、研修医の段階で専門領域を学んだ状態で地域に戻ったとき「果たして全部を診ることができるのだろうか?」と疑問に思い、 総合的に診る医師になることを目指してキャリアを歩んでいこうと決意しました。

構造的課題を抱える日本の医療体制

「患者の目を見て、声に耳を傾ける」という診察のスタイルも重要視している安藤先生。 言葉にしてしまえば、ごく当たり前のようにも聞こえてしまうが、 このような診察が難しいという実情も総合病院にはあるという。

私も勤務していたので分かるのですが、 特に総合病院など規模の大きい病院に勤務されている専門医は患者さんが抱えている「病気」を診ることで精いっぱいです。 とても患者さんの「人」を診る余力がありません。 実は、生涯の中で大学病院レベルの治療が必要になる方は1000人中2人程度といわれています。 しかし、現実には大学病院や総合病院は患者さんで溢れかえっています。 これは新型コロナウイルス感染症だけが原因ではなく、 本来プライマリ・ケア(※3)で治療できるはずの患者さんが専門医に診てもらう状況になってしまっていることが原因です。

人生100年時代を迎えながら、超少子高齢化社会に突入し始めた日本。 そんな時代において、人生に寄り添って診てもらえる医師の存在は非常に重要になってくるだろう。

プライマリ・ケアでは病気ではなく、病人を診ることを重要視するべきだと考え、 私は診察時に待合室での様子から気を配り、 目を見て患者さんの抱えている健康面での不安を取りこぼさないようにしています。 総合診療医の役割の一つに「長く診る」という要素を挙げましたが、 言い換えれば患者さんの普段の様子を知ることが重要だともいえます。 いつもより声に元気がない、歩き方のバランスが少し変わってしまっている、 その他小さな変化は地域に根差し診療を行う医師にしか気づくことができません。 私は診察時に雑談も多くしますが、それはその患者さんの人生に寄り添い、 その人が持っている物語を大切にして「長く診る」ことを意識しているからです。 私が大切にしている言葉に「患者さんの物語を大切にする」というものがあります。 未病(※4)から大きな病気を患って総合病院の専門医に診てもらわなければならない状態に至るまでには、 病気を患うまでのその人が持つ物語があります。 そこにどのような物語があったのかは、 総合病院の診察室で初めて顔を合わせる専門医に見抜くことはなかなか難しいと思います。 だからこそ、私たちのような地域の医師が患者さんの物語を知っておく必要性があるのです。

体も、心も、健康に必要なすべてを診察する。

自分や自分の家族にとって、 かかりつけ医となる総合診療医の存在が重要であることがこれまでの話からも見えてきた。 では、どのようにして自分の健康をあずける医師を見極めればよいのだろうか。

本来であれば、総合診療を経験してきた医師であることが理想ですが、 そういった医師は数が少ないため自身の住まう地域で見つけるのは非常に難しい。 なので、まずひとつのポイントとして診療時に自身の方に体を向けて、 しっかりと目を見て、言いたいことを遮らずに話を聞いてくれる医師を探すのが良いでしょう。 また、実際に体に触って診察する医師も信用していいのではないかと思います。 身体診察という行為に時間をかけるかどうかは、その患者さんをしっかり診ようとしているかどうかの判断材料になります。 特定の疾患を治療する場合においてはその領域の専門医のもとへ行くべきですが、 これからの自身の健康を支えるかかりつけ医としては、患者さん自身が感じた医師との相性の良さも重要だと思います。

安藤先生は総合診療という領域において、心療内科にも力を注いできた。 これは、心療内科の診察需要が高まってきたという背景とは関係なく、 心と体は切り離して診ることができないという考え方からだったと語る。

全人的医療(※5)を志す上で、心のケアは避けて通ることはできないと思います。 実際、当院を訪れる患者さんには、心療内科的治療を求めてくる方も多いです。 新型コロナウイルス感染症の拡大で社会的なストレスは増大しており、 心に不安を抱える患者さんが増えているという要因もありますが、若年層のストレス耐性の低下も診察を通じて感じています。 社会構造が急速に変化してきた結果なのか、 年代間における価値観の違いがストレスを生み出しやすい構造になってしまっているのではないでしょうか。 体の病と同様に、心の病も症状が出る前の中間の状態があります。 最善は症状が出る前に抑えること。そのために私たちの総合診療医が存在します。

健康な状態である人ならば、病院にはできることなら行きたくないと考えるのが普通だろう。 あるいは、ちょっとした体の不調で病院に行くというのは大げさだと考える人も多いかもしれない。 しかし、安藤先生はどんなささいな相談でもかまわないから来てほしいと語る。 患者の人生に寄り添い、その物語を支えるには、 その患者の普段の様子を知らなければならないと考える安藤先生らしいメッセージだ。

コロナ禍におけるプライマリ・ケアの役割

話題が新型コロナウイルス感染症に及ぶと、 安藤先生は「この事態についてはプライマリ・ケアを担う私たち地域の医師は大いに反省すべき点がある」と語り始めた。 疲弊し続ける医療現場を見て、安藤先生はどのような思いを抱えているのだろうか。

昨今の報道でも既に皆さんご存じのとおり、医療の現場は危機的状況に陥っています。 その原因は一部の病院に患者さんが集中し、そこで働く医療従事者たちが疲弊してしまっていることによります。 私たちのようなプライマリ・ケアを担う医師がもっと力を持っていたら、 今とは違う結果になっていたのではないだろうかと悔やんでいます。 我々地域医療を担う医師の診断する力となる知識と経験が不足していたことで、 医療現場の疲弊を招いてしまったという側面があることは否めません。 地域の健康を守るという役割を果たすという意味でも、 もっと私たちにできることがあったのではないかと日々考えています。

あんどう内科クリニックに来院する患者たちも、 新型コロナウイルス感染症については非常に多くの知識を持っていると安藤先生は語る。

患者さんの健康に対する意識は、かなり高まっています。 また、新型コロナウイルス感染症についての説明も非常に関心を持って耳を傾けていただけます。 いつ誰が感染してもおかしくない状況になってしまったことで、 誰しもが病院にかかる可能性があります。 この状況だからこそ、患者さんと病院の距離が近づいたのかもしれません。 私たち地域の医師は、この機運を逃さずに地域社会の健康管理に結び付けていかなければなりません。 自身の健康と向き合うため、患者さんもさまざまな情報に触れる機会が多くなっています。 ただし、現代はあまりにも情報量が多すぎるため、かえって混乱されることも多いのではないでしょうか。 そんなときは、地域の医師を訪ねて、不安に思っていることを聞いてみるのが確実です。 正しい情報を発信し、患者さんの抱える不安を解消するのも地域の医師の役割ですから。

総合診療医としての名医である条件

「名医」と聞くと、私たちは難易度の高い手術を成功させる医師であったり、 画期的な術式で治療の成功率を飛躍的に向上させた医師を思い浮かべてしまう。 目に見えて分かりやすい数値化された実績があれば、名医かどうかを判断しやすいからだろう。 しかし、総合診療医は実績というものが非常に分かりにくい存在だ。

私は総合診療医には観察力、推理力、説明力という三つの力が必要だと考えています。 患者さんをしっかり長く診る観察力はこれまで話してきたとおりですが、 診察を通して患者さんがどのような疾患を抱えているかをさまざまな角度や可能性から推理していく力も重要です。 この二つは医師側の理論として必要な力なのですが、 三つ目の説明力については患者さん側の立場に立つ上で必要な力で、個人的には最も大切な力だと思っています。 医師がどんなにしっかり頭の中でロジックを組み立てていても、 患者さんに対して適切に説明できなければ、患者さんの不安を取り除くことはできません。 この三つの力を高いレベルで備えていることが、総合診療医の名医の条件ではないでしょうか。 私自身は、医療関係者からの評価というのはあまり気にしておらず、患者さんからの評価が全てだと思っています。 そういう意味では、町の医師は必ずしも実績に裏付けられた名医という評価は必要ないと思います。

最後に、総合診療医の在り方やその未来像について安藤医師に尋ねてみた。

極論かもしれませんが、 全ての医師にプライマリ・ケアの考え方や総合診療の考え方が浸透すれば「総合診療医」という肩書はなくてもいいと思います。 私は研修医の指導にも力を注いでいますが、それは総合診療医を増やすことが目的ではなく、 プライマリ・ケアの考え方を広めていくことを目的としているからです。 全ての医師が総合診療の考えを持って医療の現場に立てば、 医療の未来はもっと明るいものになると思います。

理解が深まる医療用語解説

※1)新専門医制度

従来の専門医制度は各学会により独自運用されてきたため、 専門医の質が一定ではなく、医師と患者との間に認識にギャップが生じていた。 そうした課題を解消するため、新専門医制度は第三者機関である一般社団法人日本専門医機構により運用され、 専門医養成プログラムの評価・認定および資格認定を行っている。

※2)ファミリードクター制度

病気の診断・治療、また病気を未然に防ぐためのアドバイスや情報提供などを行い、 患者の家族全員の健康管理を行う医師をファミリードクターと呼ぶ。欧米では一般的な制度として導入されている。

※3)プライマリ・ケア

生命に関わる緊急治療が必要な状態で、高度かつ専門的な治療が必要な場合、 症例数の少ない難病、特殊な検査が必要な場合などを除く、健康不調におけるどのような相談も可能な総合的な医療。

※4)未病

健康から病気へ向かっている状態。 発病には至っていない段階で、異常を見つけて病気を予防するという考え方に基づいている。

※5)全人的医療

特定の病気や疾患を診ることで治療をするのではなく「病を抱えている人」として患者を捉え、 心理状態や普段の生活、その人が抱えているさまざまな背景を含めて考慮しながら、 患者にとって最適な総合的な予防や診断・治療を行うこと。

プロフィール

医療法人社団 藤和会 あんどう内科クリニック
院長
安藤 大樹(あんどう だいき)

2006年 藤田保健衛生大学病院(現藤田医科大学病院)一般内科 助手
2007年 藤田保健衛生大学総合診療内科 助教(医局長)
2011年 藤田保健衛生大学救急総合内科 助教(医局長)
2015年 岐阜市民病院リウマチ・膠原病センター 医員
2015年 藤田保健衛生大学救急総合内科 客員講師
2017年 藤和会あんどう内科クリニック 院長
2018年 岐阜市民病院研修管理委員会外部委員
2020年 岐阜大学医学部総合病態内科学 非常勤講師
2020年 医療法人社団藤和会 理事長

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医療法人社団 藤和会 あんどう内科クリニック
〒500-8168 岐阜県岐阜市東駒爪町5番地
TEL:058-262-2974
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