患者ひとりひとりが多様な治療の選択肢を持つ時代、
選ばれる医師であるために期待に応え続ける

国内トップクラスの大腸がん手術数を有する大阪医科大学病院。 その医療現場で国内の大腸がん治療を牽引しているのが、がん医療総合センター特務教授、 腹腔鏡下大腸手術の執刀件数6,800件(ロボット支援手術160件を含む)という実績を持つ奥田準二医師だ。 がんの中でも最も罹患数が多いといわれる大腸がん治療の最前線とは──。

大腸がん罹患者の低年齢化

国立がん研究センターは、2020年のがん罹患数予測で大腸がんの罹患数を158,500人と発表している。 男女合計の部位別罹患数においては1位であり、全体の約16%を占める。 さらに、死亡が予測される全がん患者数は379,400人、そのうち大腸がん患者は54,000人にもなる。 罹患数、死亡数共に高い大腸がんだが、発見が早いほど回復する可能性は上がり、治療の負担も少なくなる。 一方で、進行度(※1)やがんの位置によっては 肛門を切除する必要がある深刻な状況にも陥る。 早期の大腸がんは自覚症状がほとんどないため、 初期に見つけるには、症状がなくとも検査を受けることが大切だ。

大腸がんには、一次予防、二次予防という考え方があります。 一次予防とは、生活習慣の改善です。お酒はほどほど、タバコはやめる、 運動習慣をつけ適正な体重をキープすることが大切です。 塩分や脂肪分を控えた食生活に、野菜や果物を取り入れましょう。 とはいえ、数十年、体に染みついた習慣を変えることの難しさも分かっています。 現実的に考えると、二次予防に当たる検診がより重要ではないかと考えます。 また近年特に顕著なのが、罹患者の低年齢化です。 大腸がんは一般的に50代から増加するといわれていますが、40代・30代でも罹患することはあります。 若いから大丈夫だろう、という考えは危険です。 便に血が混じっていても痔であると勘違いされがちですが、 放置しておくことでがんが進行していくケースが見受けられます。 早期発見のために、積極的に検診を受けていただきたいですね。

大腸がんを進行させないために必要なのは、精密検査

多くの市町村で、大腸がん検診が実施されている。 検診結果で「要精検」が出た場合、全大腸内視鏡検査などの精密検査が必要だ。 しかし、がん検診を受診し、要精検という結果が出たにもかかわらず、 精密検査を受診しない人も少なくない。 検査の大切さについて、奥田医師に所見を伺った。

「便潜血検査を受けて陽性が出たら、精密検査を受けるように」というのは、よく言われることです。 問診と便潜血検査の費用は、多くの自治体が公費でまかなっています。 300円や500円といったわずかな負担か、自治体によっては無料で受けられるため、ぜひ利用していただきたいものです。 積極的に精密検査を受けられない方もいますが、 その理由には「不安になるようなことを言われたくない」という心情があるのかもしれません。 あるいは、大量の水を飲む辛さ、お尻から内視鏡を入れられることへの恥ずかしさも一因でしょう。 しかし、精密検査を先送りにして、がんが進行してどうしようもない状態になってからでは、治療費は高額になります。 不安なまま生活をするよりも、精密検査を受ける方が得策です。 早く、安く、大腸がんを治す秘訣は検査にあるといっても過言ではありません。

良質な医療を受けるためには、患者自身が知識を身につけることが必要

がんと向き合うときに、患者を混乱させがちな用語がある。
具体的には「早期がん(※2)」「進行がん(※3)」「進行度(ステージ)」と「グループ(※4)」といった単語だ。

医師の説明にも改善の余地はあるのかもしれません。 ただ、どんな病気を治療する場合にも言えるのが、患者さんご自身が、 人任せにせずご自身の病気について下調べをすることの大切さです。 医師の話を聞いてから調べようと思っても、予備知識なしではそもそも記憶に残りません。 下調べをして初めて「早期がんと進行がんは違うのだ」といった復習の手掛かりがつかめるのです。 そして予習により「一度きりの人生、楽しく過ごすには体を治すことだ。 そのために、私自身の希望を最大限叶えてくれる治療法と医師を、 私が選ぶのだ」という当事者意識はより強くなり、治療に臨むエネルギーとなります。

診察や手術の合間をぬって、奥田医師は大腸がん治療に関する動画配信にも積極的に取り組んでいる。 専門的な内容が簡潔に編集されており、一般の方にも分かりやすいと好評だ。

医療技術の進歩とともに増す医師選択の重要性

大腸がんのうち、直腸がんの手術が困難といわれる理由は、直腸が骨盤に囲まれた狭いところにあることに加え、 周囲に傷つけると障害が残る臓器(男性では精嚢前立腺、女性では膣)や排尿・性機能を司る自律神経などがあるためだ。 つまり、手術を受けることで生活が大きく変化してしまうリスクがある。 手術前には、病変組織検査や画像検査をもとに「がんの深さ」を判定して早期がんか進行がんかを、 「リンパ節転移や肝臓、肺へ転移している可能性」を調べて該当する進行度(ステージ)はどこかを診断し、 患者の要望を加味して患者と共に治療法を決定する。 肛門温存に際しては、がんが肛門からどの位置にあるかが重要な要素となるが、 がんが肛門から5センチ以上離れていないと肛門温存は難しいとされてきた。
しかし、近年では極力肛門を温存するための方法として内肛門括約筋間直腸切除術(ISR)(※5)という治療法が生み出された。 「究極の肛門温存術」とも呼ばれるISRは、 がんが肛門から2~3センチの近い場所にある場合でも肛門を温存したいというケースなどで採用される。 不随意筋である内括約筋のみを切除し、外括約筋は全て残す点が特徴だ。 随意筋である外括約筋を残すことによって、ある程度の排便機能の維持を図る。 がんが大きく、深いところまで食いこんでいる場合は、 事前に抗がん剤や放射線治療を併用してがんを小さくしてから手術に臨む。 これは近年の手術機器の進歩や解剖学的所見の整備とともに生み出された難易度の高い手術であり、 知識だけでなく繊細な技術が不可欠である。 奥田医師はその第一人者。 治療の選択肢が増えることは患者にとって喜ばしいことだが 「医師を選ぶ」という重要性が増していることにも留意すべきだろう。

QOL と向き合い、正しい治療の選択を

大腸がん患者の最も大きな関心ごとは「肛門を残せるかどうか」といっても過言ではない。 しかし一方で、人工肛門に2つのタイプがあることはあまり知られていない。 広く認知されている人工肛門は、いわゆる「永久人工肛門」だ。 肛門を残せない場合、S状結腸を左下腹部から出して設置する。 もう一つは、一時的人工肛門だ。一時的につくる人工肛門で、がんの位置が肛門から近いときに、 がんを切り取った後の縫合不全や肛門周囲のただれを防ぐため、3カ月から半年を目安に開設する。 術後経過に問題がなければ人工肛門は閉じ、再び自分の肛門を使う。

例えば、寝たきりの方であれば、肛門温存でかえって衛生状態が悪化することもあります。 直腸が便を貯留するので、健康な人の1日の排便回数は1~2回ですが、 手術を受け直腸を切除すると頻便になり、時にもれてしまうことが考えられます。 肛門を温存できたとしても、手術前とまったく同じ機能を果たせるとは限りません。 つまり、肛門温存が頻繁な便もれをもたらし、不衛生になってしまう可能性がある、ということです。 当人のストレスのみだけでなく、介護者の負担も増してしまいます。 タクシードライバーなど自由にトイレに行けない仕事に従事している方の例では、 人工肛門のほうが排便管理をしやすいという声もあります。 人工肛門に当てて排せつ物を受けとめるストーマ装具は、 においが気にならないよう工夫されているため、人工肛門を選ぶ方もいらっしゃいます。 初回の手術で肛門を残し、術後もし肛門が満足な機能を果たせなくなっていたら、 その時は横行結腸などを人工肛門にすることも可能です。 自身のQOL(※6)と向き合い、 人工肛門か肛門温存かを考え、選択することが重要であると考えています。

人工肛門が一概に悪いものかというと、決してそのようなことはない。 がんの深さや位置、当人の希望や手術後の機能性などによっては、 人工肛門を選択することでQOL向上を見込めるケースもある。 正しい治療法は、一つとは限らない。

テクノロジーの進展が医療をアップデートする

テクノロジーの進歩により、これまで不可能だったさまざまなことが可能になりつつある現代。 医療においてもその進歩は顕著だ。 例えば、肛門再建術。 がんとともに本来の肛門を切除する際、腸管を長めに残し、肛門の代わりにする。 そこに、脚から取ってきた薄筋という筋肉を巻き付け、 陰部神経をつないで、括約筋の機能を持たせる方法だという。

大阪医科大学病院では、国内で唯一、肛門再建術を積極的に実施している埼玉の医師に指導をあおぎ、 患者さんにも何度も説明した上で、2020年10月から臨床研究的治療として取り入れています。

もし、期待通りの肛門機能が得られなければ当初の一時的人工肛門を永久的に使うことになるが、 再建術を希望しなくとも永久人工肛門としてのゴールは同じだ。 それなら可能性に期待したい、と関心を示す患者も出てきている。 そして、さらに目覚ましいスピードで進化し続けているのがロボット支援手術だ。

ロボットを用いた手術で問題となるのが、手術の質です。 ロボット支援手術を行うにはロボット操作などのトレーニングを受けること、 ロボット支援手術の実績豊富な医師がいる病院(認定指導施設)での手術見学やロボット支援プロクター(指導医)の指導の下で開始することなど、厳しいルールがあります。 ロボット支援手術の特徴は、3Dカメラと安定した術野のもとに3本の多関節アームで鉗子を柔軟に動かすことができ、手振れが補正されるなどの点です。 加えて、従来は困難だった腸の深い部分での結紮(けっさつ)も容易となり、 リンパ流や臓器の血流確認も簡単に行うことができます。 またロボット支援手術は、受けられる病院の条件はありますが、 2018年から保険適用で受けられることになったため、患者さんの負担する金額は腹腔鏡下手術と変わりません。 今後5Gが汎用化すれば、ロボット支援手術は地域間の医療格差改善にも貢献できる可能性があるのです。 術者と患者さんが離れていても、操作にタイムラグが出にくいと予想され、 遠隔地にいる医師の指導、難易度の高い箇所だけ執刀を代わるといった連携が期待できます。

医師とのコミュニケーションが、治療を選択する第一歩

現代では、インターネットである程度の情報は簡単に手に入る。 どの病院で、どの医師に治療を任せるかを決めるには、患者が能動的に動くことも重要だ。

病状の説明や治療方法の提示など、医師は全力で患者さんと関わります。 しかし、話を聞いて、決断するのは患者さんご自身か、あるいはご家族です。

しかし、大腸がんに罹患した患者のほとんどは冷静な判断力が落ちている状態であり、 肛門を残す、残さないという問題にも向き合わなければならない。 自身にとって最善の治療を選択する中で、 どのような医師から治療を受けたいかというのは非常に重要な要素だ。 そのために、可能な限り情報を集め、希望を実現してくれそうな医師を探して話を聞く。 納得できなければ、セカンドオピニオン(※7)を求めることも必要だ。 治療の説明には家族も同席でき「この先生分かりやすいね」といった家族の声が参考になって、 医師と病院が決まることもあるという。

日々、どうすればより患者さんの求めに応え、満足いただけるかを考え、実践しています。 そのために重要な考え方が「人と同じことをしない」ということです。 肛門再建術や腹腔鏡下手術を極めた上でのロボット支援手術の導入は、その一つの回答です。 ただ、テクノロジーが発達し、医師が提供できる治療の幅が広がっても、大切にすべきは「心」です。 多くが結果という「花」を見て他者をうらやみますが「心の根・覚悟の幹・智恵と行動の枝」がそろって初めて立派な「花」が咲くのです。 足元が固まって初めて、人を助け、人を生かせるようになります。 生まれてきたからには、人の役に立つことを考えなければいけません。 こうした考えを共有できる医師を増やすため、外科医塾などの活動も行っています。

奥田医師に共感する医師は、これからも増えていくことだろう。 大腸がんに限らず、あらゆる病気と闘う患者にとって、心強いかぎりである。

理解が深まる医療用語解説

※1)進行度

ステージとも呼ばれる。早期がんや進行がん、転移の有無といった要素から総合的に診断し、0、Ⅰ、Ⅱa、Ⅱb、Ⅱc、Ⅲa、Ⅲb、Ⅲc、Ⅳa、Ⅳb、Ⅳc、いずれかに割り当てられる。

※2)早期がん

粘膜層または粘膜下層にとどまっている浅いがんのこと。大腸の腸壁は、内側から順に粘膜層、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜と名前がついている。

※3)進行がん

粘膜下層より深層の固有筋層、漿膜下層、漿膜に浸潤しているがんのこと。この段階になると、腸壁の血管やリンパ管にがん細胞が入る頻度が増加し、転移の可能性が高くなる

※4)グループ

良性腫瘍かがんかを診断するための分類で、がんの場合はグループ5となる

※5)括約筋間直腸切除術(ISR)

直腸がんとともに、肛門の筋肉の一部(内括約筋)を切除して、肛門を温存する手術のこと

※6)QOL

人生や生活の質を指す。治療法を選ぶ際に、治療中や治療後のQOLを保てるかどうかが近年重要視されている。

※7)セカンドオピニオン

最初に受けた医師の診断の後に、別の医師にも求める意見のこと。 セカンドオピニオン外来を設置している病院も近年増えている。 基本的に公的医療保険が適用されない自費診療となり、病院によって費用が異なる。

プロフィール

大阪医科大学病院
がん医療総合センター
先端医療開発部門 (消化器外科)
特務教授
奥田 準二(おくだ じゅんじ)

プロフィール
1984年 6月 大阪医科大学一般・消化器外科入局
1984年 6月~86年6月 臨床研修(南大阪病院での臨床研修を含む)
1986年 6月~90年6月 姫路中央病院 胃腸科外科医員
1990年 6月 大阪医科大学一般・消化器外科 専攻医
1995年 5月 同 助手
1996年 4月~10月 米国オハイオ州、Cleveland Clinic 大腸外科留学(RF)
1997年 9月 大阪医科大学一般・消化器外科 内視鏡外科チーフ
2001年 5月 同 講師
2003年 2月 同 大腸外科チーフ
2003年 4月 同 診療助教授
2005年 4月 同大学病院 消化器外科 医長
2007年 4月 同 准教授
2007年 8月 同 下部消化管外科班(大腸外科チーム) 指導医(現在に至る)
2014年 4月 大阪医科大学病院 がん医療総合センター 特務教授(現在に至る)

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