企業の経営がうまくいって利益が多く残った場合、その金額によっては多額の税金が課税される場合があります。事業運営に必要な経費を「損金」として計上すればそれだけ利益を抑えられますが、経費を使うのであればなるべく企業が得られるメリットを大きくしたいものです。
企業にメリットを与えつつ損金を増やす方法として「法人向け生命保険の加入」が挙げられます。しかし、活用方法によっては税金面でそこまで恩恵を受けられなくなるので注意が必要です。
本記事では、法人向け生命保険に加入するメリットや、税金面での優遇を受けられる「30万円特例」について詳しく説明します。
2019年の税制改正で「全損」できる生命保険が減少
以前は、生命保険の保険料を全額または半額損金として計上できる「全損」や「半損」と呼ばれる法人向け生命保険がたくさんありました。しかし、2019年の税制改革によって生命保険の経理処理方法が変更になったため、現在は全損できる保険が少なくなっています。
生命保険によっては税金面での恩恵をほとんど受けられないことから、法人向け生命保険に加入しない企業もあるようです。
ただし、加入する生命保険によっては「30万円特例」という特例が適用され、保険料を全損処理できる場合があります。以下では、法人向け生命保険で「30万円特例」が適用される条件について詳しく説明します。
法人向け生命保険の「30万円特例」が適用される条件
法人向け生命保険の「30万円特例」とは、被保険者1人あたりの年間保険料が30万円以下であれば保険料を全損扱いできる特例です。
ただし、被保険者1人あたりの年間保険料が30万円以下であっても、次のどちらかの条件を一緒に満たさなければ特例が適用されません。
- 解約返戻金額がわずかな定期保険や第三分野の生命保険、もしくは保険料の払込期間が5年や10年など短期間である
- 定期保険または第三分野の生命保険のうち、解約返戻金の返礼率が51~70%以下である
解約返戻金とは、生命保険を解約するときに保険会社から戻ってくるお金で、支払った保険料の総額に対する解約返戻金額の割合を「返戻率」と言います。
また、定期保険は保険期間が5年や10年など一定期間に限定される生命保険で、第三分野の生命保険は「がん保険」や「医療保険」のように、生命保険と損害保険の中間に位置する保険を指します。
法人向け生命保険で30万円特例を適用させて利益を圧縮するには、これらの言葉の意味や条件を理解したうえで加入を検討しなければなりません。
30万円特例を使うときの経理処理方法
30万円特例を適用させるときは、加入する生命保険の種類や保険料の支払い方法ごとに正しく経理処理する必要があります。
以下では、30万円特例を使うときの経理処理方法について詳しく説明します。
最高解約返戻率が70%以下の生命保険の場合
解約返戻金の最高返戻率が70%以下の法人向け生命保険に加入しており、かつ被保険者1人あたりの保険料が30万円以下であれば、その保険料は全損扱いの経理処理が可能です。
たとえば、保険期間が20年で年間保険料が25万円、解約返戻金の返戻率が60%の生命保険に加入した場合、経理処理方法は次のようになります。
借方 | 貸方 |
支払保険料:25万円 | 普通預金:25万円 |
解約返戻金の最高返戻率が70%以下であっても、年間保険料が50万円であれば、30万円を超えた場合は、最高解約返戻率に応じて資産計上・損金計上しなければなりません。
法人向け生命保険に複数加入している場合、年間保険料を合計すると30万円を超える可能性があるため注意しましょう。
第三分野の生命保険を短期払いする場合
医療保険やがん保険のような第三分野の生命保険のうち、保険料の支払い方法が一定期間ぶんまとめて支払う「短期払い」であり、かつ年間保険料が30万円以下であれば、支払った保険料は全損扱いで経理処理できます。
たとえば、終身タイプのがん保険に加入しており、年払いしている保険料が28万円、保険料の払込期間が15年の場合、経理処理方法は次の通りです。
借方 | 貸方 |
支払保険料:28万円 | 普通預金:28万円 |
ただし、終身タイプの場合、保険料払込期間中に損金に計上する金額は、「年間保険料×保険料払込期間÷保険期間」で計算します。
ここで言う保険期間は「116歳-契約したときの被保険者の年齢」で求めるため、人によって損金に計上できる額が変動します。
また、この計算方法で年間保険料が30万円を超えた場合は、通常の経理処理になります。なお、保険料の払込期間が満了してからは、被保険者が116歳になるまでは上記で計算した金額を資産から取り崩したうえで損金として計上します。
法人契約で生命保険に加入するメリット
法人契約で生命保険に加入すると、次のメリットを受けられます。
- 税金の負担を抑えやすくなる
- 従業員に一生涯の保障を用意できる
- 保険料の払い込みが完了すると個人名義にできる
税金の負担を抑えやすくなる
先述したように、法人契約で生命保険に加入すると、条件を満たせば「30万円特例」が適用されます。
この特例をうまく活用すれば、1年間で支払った保険料の一部または全部を損金として経理処理できるため、それだけ会社の利益を圧縮することが可能です。
法人確定申告で申告する利益が少なければ会社の納税負担も減るため、事業運営に必要な資金をまかないやすくなります。
従業員にもしものときの保障を用意できる
従業員を被保険者として法人向けの生命保険に加入すれば、従業員への福利厚生を手厚くすることが可能です。
契約内容によっては、従業員に万が一のことが起こったときの保障に加えて退職金を備えられるものもあるため、従業員の勇退にもしっかり備えられます。
また、法人向け生命保険は会社が契約者なので、解約返戻金や死亡保険金の受取人を会社に設定することもできます。退職金規定で従業員が死亡したときや退職したときに支払う賃金を定めておけば、死亡保険金や解約返戻金などの一部を従業員に支払い、残りを会社が受け取ることも可能です。
保険料の払い込みが完了すると個人名義にできる
法人向け生命保険によっては、従業員が退職する際に退職金の一部として保険契約を現物支給できるものもあります。その際、生命保険を会社名義から個人名義に変更することになりますが、保険料の払い込みが完了していれば追加で保険料を支払う必要がありません。
ただし、退職金として従業員に支給する保険契約の価格は、退職する時点での解約返戻金に相当する金額になります。本来支払うべき退職金額との差額によっては、多くの現金を用意しなければならないため注意が必要です。
30万円特例を適用する際の注意点
さまざまなメリットが受けられる法人向け生命保険ですが、次の注意点も知っておかなければなりません。
- 実効税率によってはメリットを受けられない
- ほかの生命保険料と合算する必要がある
- 従業員数によっては保険料の負担が大きくなる
- 会社に余計な負担が生じるリスクがある
- 税制改正前に加入した生命保険は適用されない
これらの注意点を知ったうえで、賢く法人向け生命保険を活用できるようにしておきましょう。
実効税率によってはメリットを受けられない
条件を満たせば税金の負担を抑えられる法人向け生命保険ですが、会社の実効税率によっては税負担の軽減効果が弱まってしまいます。
実効税率とは、法人税率や法人住民税率、法人事業税率や地方法人税率を用いて計算する税率で、会社の課税所得に対する実質的な所得税負担率のことを指します。
30万円特例を受ける条件の1つに「最高解約返戻率が70%以下」がありますが、これは、会社の実効税率が30%を下回るほど税負担の軽減効果が限定的になるとともに、将来のために蓄えられるお金が相対的に少なくなると言えます。
法人向け生命保険に加入して会社の税負担を抑えたいのであれば、実効税率と保険契約の内容を考慮する必要があります。
ほかの生命保険料と合算する必要がある
「定期タイプの死亡保険とがん保険に加入している」のように、複数の法人向け生命保険に加入すると、どちらも30万円特例の要件を満たす場合があります。
しかし、この特例は複数の保険契約を通算して年間保険料を計算するため、契約内容によっては保険料を全損扱いで経理処理できない可能性があります。
たとえば、「死亡保険の年間保険料が20万円で、がん保険の年間保険料が15万円」のような契約では、年間保険料が35万円になります。この場合、会社の資産として計上しなければなりません。
複数の生命保険を検討するときは、保障内容とともに年間保険料の総額を考えるのも大切です。
従業員数によっては保険料の負担が大きくなる
法人向け生命保険に加入して30万円特例を適用させると、従業員の福利厚生を充実させつつ会社の税負担を会社が支払う税金を抑えられるため、この方法を活用しようと考える経営者は多いでしょう。
しかし、福利厚生として法人向け生命保険に加入する場合、全従業員を加入対象にしなければならないため、従業員数によっては保険料の負担が大きくなります。
また、保険料の支払い期間によっては長期間保険料を負担しなければならないため、経営状況によっては保険料の支払いが厳しくなるリスクもあります。
法人向け生命保険を検討する際は、全従業員を対象にして長期的に加入し続けられるかをよく考えなければなりません。
会社に余計な負担が生じるリスクがある
上述したように、法人向け生命保険を活用して会社の税負担を抑えようと考えても、実効税率や解約返戻金の返戻率によってはそこまでメリットが生じない場合があります。
得られるメリットが少ないにもかかわらず、退職金規定や弔慰金規定を整備したり、生命保険の加入・更新手続きをしたりするのは、会社によっては事業運営を妨げる負担になりかねません。
法人向け生命保険を検討する際は、税金面でのメリットと会社に生じる負担のバランスを考えるのも大切です。
税制改正前に加入した生命保険は適用されない
法人向け生命保険の30万円特例は、令和元年7月8日以降に契約した保険契約が対象になります。そのため、この日よりも前に加入した生命保険では、30万円特例を適用させて税金面での優遇を受けられません。
ただし、この税制改正より前に生命保険に加入していても、保険の更新が税制改正以降にあれば経理上の処理が変わる可能性があります。保険会社によっては更新後のプランが大きく変わるケースもあるので、設定されているルールをよく確認しておきましょう。
まとめ
法人向け生命保険に加入すると、条件を満たせば1年間で支払った保険料を全損扱いで経理処理できます。従業員の保障を用意しつつ税金の負担を抑え、将来的に保険契約や解約返戻金額を退職金に充てたり会社の運営資金に充てたりできるため、会社によってはメリットが大きくなります。
一方で、実効税率によってはそこまでメリットが生じなかったり、予想以上に会社の負担が増えてしまったりするリスクもあるため、メリット・デメリットを総合的に考えて加入を検討しなければなりません。
保険会社によって保障内容や保険料、保険料の支払い期間や解約返戻金などのルールも異なるため、複数の保険会社を比較したうえで加入先を選びましょう。
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宮里 恵
(M・Mプランニング)
保育士、営業事務の仕事を経てファイナンシャルプランナーへ転身。
それから13年間、独身・子育て世代・定年後と、幅広い層から相談をいただいています。特に、主婦FPとして「等身大の目線でのアドバイス」が好評です。
個別相談を主に、マネーセミナーも定期的に行っている他、お金の専門家としてテレビ取材なども受けています。人生100年時代の今、将来のための自助努力、今からできることを一緒に考えていきましょう。